主のみ名を心から讃美します。

去る8月は、6日、9日の原爆の日、15日には敗戦の日を迎えました。教会においては、子どもたちと平和の学びを持ったり、戦争体験者の証を聞いたり、連祷を捧げたりと祈りをあつくした時ではなかったでしょうか。

戦後74年経った今も戦争のトラウマで苦しむ人びとがいます。その人びとは、今と戦争当時と二つの時を同時に生きているのです。それは、時が過ぎることでは苦しみが癒されることはないということを語っています。

そして、沖縄には、基地があることで、まだ終わらない「戦後」を生きていくことを強いられている人びとがいます。凄惨な地上戦を体験したからこそ、もう二度と戦争に人生を奪われない、戦争に加担する基地はこれ以上要らないという決意のもとで、辺野古の新基地建設に反対して今日も座り込んでおられます。

なぜ基地がここまで集中して沖縄におかれ続けるのか。戦争の歴史の中で、理不尽さを強いられているのはなぜなのか。本土の安全はなぜ沖縄にないのか。問いつつ、沖縄の平和を求める祈りにつながっていきたいと思います。

在主